【連載3:AFTERⅡ】「いつかは収まるのかな…この痛み」

恋人ハーディンに酷く傷付けられたテッサが逃げ込んだのは、友人ランドンのところだった。ランドンと一緒に住むハーディンの父親ケンは、テッサを追ってきたハーディンを追い返してしまう。ハーディン家族の絆が自分のせいで壊れてしまったと悔やむテッサを、ケンはあたたかく抱きしめ、受け入れてくれた……。好評連載第3回。
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でもいまは……出会ってしまった……

流れるお湯に身を任せ、できるだけ長くじっとしている。体を清め、だいじょうぶと言ってほしかったのに、熱いシャワーを浴びても気持ちはほぐれなかった。

胸の痛みを鎮めてくれるものが思いつかない。いつ終わるとも知れぬ永遠の痛み。わたしのなかに住みついた生物みたいな、でも、どんどん大きくなっていく穴のようだ。

「壁があんなになってしまって。修繕費を払うと言っても、ケンは受け取ってくれないの」濡れた髪をとかしながらランドンに言った。

「そんな心配しなくていい。いろいろあって大変なときじゃないか」彼は眉根を寄せ、背中をさすってくれた。

「どうして、こんなことになったんだろう。いったいなぜ?」

親友と目を合わせたくなくて、まっすぐ前を見る。

「三カ月前はすべて完璧に筋が通っていた。わたしにはノアがいた。彼はこんなこと絶対にしない。母とも近しい関係だったし、どんな人生を送りたいか考えていたのに、いまは何もない。文字どおりゼロの状態。

インターンシップに行くべきかどうかもわからない。だって、ハーディンが姿を現すか、社長のクリスチャン・ヴァンスに言ってわたしをクビにするかもしれない。ハーディンは、当てつけだけのためにそういうことをする人間だもの」

わたしはベッドの上にあった枕をぎゅっとつかんだ。

「彼には失うものは何もないけど、わたしは違う。みすみす、ハーディンにすべてを奪わせてしまった。彼に出会う前の人生はすごくシンプルで現実的だった。でもいまは……出会ってしまったあとは……とにかく……出会ってしまったとしか言いようがない」

ランドンは目をまるくしてわたしを見つめた。

「テッサ、インターンシップだけはあきらめちゃだめだ。ハーディンはきみからいろんなものを奪っていった。これだけは放さないでくれ、頼むよ。ハーディンと出会ってしまったあと、彼のいない生活にいいところがあるとすれば、きみの好きなようになんでもできるってこと。ゼロからやり直せるところだよ」

たぶん、ランドンの言うとおりだけど、それほど単純な話じゃない。いまや、わたしの生活のすべてがハーディンと深く関わっている。わたしのオンボロ車の塗装でさえ、そうだ。

いつのまにか、彼はわたしの日々の生活をつなぎ留める存在となっていた。彼がいなくなって残されたのは、バラバラになったわたしの人生だけだ。

納得はできないもののうなずいてみせると、ランドンはふっと口元を緩めた。「じゃあ、ゆっくり休んで」とわたしをハグして出ていこうとする。

「いつかは収まるのかな?」

彼は振り向いた。「なんのこと?」

わたしはささやくような声できいた。「この、痛み?」

「わからないな……収まると思いたいけどね。時が癒してくれるよ……たいていの痛みや傷は」ランドンはそう言って、困ったような、それでいてほほ笑んでいるような顔を見せた。何よりも、それがわたしの心を慰めてくれる。

ほんとうに時が癒してくれるかどうかはわからない。だけど、癒してくれなかったら、わたしは生きていけないだろう。

 

プライベートとは裏腹に……好調な仕事

翌朝、口調こそきついものの手荒なまねのできないランドンに、インターンシップを休んではだめだとベッドから追い出された。わたしはケンとカレンにありがとうのメモを残し、ハーディンが壁に凹みをつくったことについてもう一度、謝罪の言葉を綴った。

ランドンはわたしを見守りながら車を運転し、励ますようにほほ笑んで声をかけてくれた。でも、やっぱり気分は最悪だった。

駐車場に入ると、記憶がよみがえってきた。雪のなか、膝をつくハーディン。例の賭けについて話すゼッド。

わたしはさっさとドアをアンロックし、冷気から逃れるように自分の車の運転席に乗りこんだけど、バックミラーに映る自分の姿に縮みあがる。目は充血したままで、くまができている。下まぶたも腫れていて、ホラー映画のようなありさま。思っていたよりずっと、メイクを濃くする必要があるわ。

こんな時間に空いているスーパーは〈ウォルマート〉しかない。感情を覆い隠すのに必要なものを買いあさった。でも、本気で見た目をどうこうする気力は残っていなかったので、それがうまくいったのかどうかはわからなかった。

ヴァンス社に着くと、キンバリーはこちらを見て息をのんだ。わたしはなんとかほほ笑んでみせようとしたものの、彼女が席を飛び出すようにやってくる。

「テッサ、あなた、大丈夫?」

「そんなにひどい?」わたしは力なく肩をすくめた。

「ううん、そんなことないけど」キンバリーはうそつきだ。「ただ……」

「疲れきって見える? うん、だってそうなんだもの。期末試験でもう、へとへと」

彼女はうなずいてにっこりした。でも、オフィスへ向かうわたしの背中を心配そうに見つめているのが感じられた。そのあとは、終わりの見えないまま時間がだらだら過ぎていったけど、昼近くになってミスター・ヴァンスがドアをノックした。

「やあ、テッサ」と笑顔で声をかけてくる。

「こんにちは」わたしはなんとか返事をした。

「とくに話ってわけじゃないが、きみの仕事ぶりに感心してるって伝えたくてね」とミスター・ヴァンスが笑う。「正社員よりよほど行き届いたレポートを書いてくれるね」

「ありがとうございます。すごく励みになります」そう言ったつぎの瞬間、このインターンシップを得られたのはハーディンのおかげだという声が頭のなかに響いた。

「それで、今週末にシアトルである出版業界の会議に参加してみないか。こういうのはたいてい退屈なものだが、今回のテーマはデジタル・パブリッシングについてなんだ。

出版界のトレンドとかを話し合い、たくさんの人と出会っていろいろ学べる。数カ月のうちにシアトルに支社を開くので、ぼくも会わなくちゃいけない人たちがいるんだけどね」ミスター・ヴァンスは笑った。

「で、どうだい?費用は会社持ちで、金曜の午後にはここを発つ。ハーディンを誘っても、もちろんオッケーだ。会議ではなく、シアトルにという意味だが」と、すべてわかっているような笑みとともに言う。

何がどうなっているのか知っていたら、ミスター・ヴァンスもそんなことは言わなかっただろう。

「もちろん行きたいです。誘ってくださって、ほんとうにありがとうございます!」興奮と、ようやくいいことが巡ってきたという安堵感を抑えきれずに、わたしは勢いこんで答えた。

「よかった!じゃあ、キンバリーに細かい説明をさせるよ、経費として処理する方法とか……」ミスター・ヴァンスは話を続けたけれど、わたしはいつの間にか集中力を失っていた。

業界の会議に出席すると思うと、心の痛みがすこし薄れた。ハーディンからもっと離れることになるけれど、彼がわたしをシアトルへ連れていきたいと言ったときのことも思い出す。こんなふうに、わたしの生活はすべて彼に毒されている。

ふいに、自分のオフィスが狭くなったような、空気が薄くなったような気がした。

「だいじょうぶかい?」ミスター・ヴァンスが眉をひそめた。

「ああ、はい、あの……きょうはまだ何も食べていなくて、ゆうべもよく眠れなかったので」

「じゃあ、もう帰りなさい。きょうのノルマは家でやればいい」

「でも─」

「いやいや、帰っていいよ。出版界に救急搬送は必要ない。きみなしでも、この会社はやっていける」ミスター・ヴァンスはそう言うと、手を振って去っていった。

荷物をまとめて化粧室の鏡で見た目をチェックし─うん、やっぱりひどい見た目だ─エレベーターに乗りこもうとしたとき、キンバリーに声をかけられた。

「帰るの?」

わたしがうなずくと、彼女は言った。「そう、ハーディンはご機嫌ななめだから、気をつけて」

「えっ?なぜ、そんなこと知ってるの?」

「だって、あなたに電話を取りつがなかったことで悪態をつかれたばかりだから」とキンバリーがほほ笑む。「まあ、これが初めてじゃないけどね。彼と話をするつもりがあるなら、あなたはスマホをオンにしておくはずだと思ったから」

「ありがとう」彼女の観察力の鋭さに、心ひそかに感謝する。電話でハーディンの声を聞いたら、胸に空いた穴があっという間に大きくなり、痛みが増すだけだ。

 

「彼に何かされたの?」母の声に思わず……

また泣き出してしまう前に車のところまでたどり着いた。気を散らすものがなくなり、ひとりで自分の胸のうちや思い出を見つめ直してみると、胸の苦しさはひどくなるばかりだった。

言うまでもなく、スマホにはハーディンからのメッセージが十五件、そしてショートメールが十通あったけど、それを読むつもりはなかった。

なんとか心を落ち着けて車を走らせてから、ずっと恐れていたことを実行した。母への電話だ。

最初の呼び出し音で母は出た。「もしもし?」

「お母さん」わたしは泣きじゃくった。お母さん、と口にすると変な感じだったけれど、いまは母に慰めてほしかった。

「彼に何をされたの?」

誰もが同じ反応をする。ハーディンが危険だということ、そしてわたしがそれにまったく気づいていなかったことなど、みんなお見通しだったのだ。

「わたし……彼が……」ちゃんと話せない。「そっちに帰ってもいい? せめて、きょうだけでも」

「もちろんよ、テッサ。二時間もあれば着くわね」母はそう言って電話を切った。

予想よりはまともだったものの、期待していたほど温かい言葉はなかった。カレンのように愛情深く、どんな欠点も受け止めてくれる母親であってほしかった。ほんの一瞬でもいいから態度を和らげてほしかった。優しく慰めてくれるお母さんがいてよかったと思えるくらいのあいだだけでいいのに。

ハイウェイに乗りながら、わたしはスマホの電源を切った。ハーディンからのメッセージを読むとか、そんなばかなことをしてしまう前に。

 

次回、テッサは母のいる実家に向かう。しかし当初からハーディンとの交際に否定的だった母の言葉は、テッサをさらに追い詰める……。

 

 

【参考】

アナ・トッド(2016)『AFTER season2 壊れる絆 1』(小学館文庫)

 

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