【連載4:AFTERⅡ】この人を愛せたらよかったのに…元カレの優しさ

悪夢のような一夜を乗り越え、翌朝、なんとか出社したテッサに朗報が。インターンの仕事ぶりが評価され、シアトルで行われる会議に同行することになったのだ。喜ぶテッサ。しかし恋人ハーディンのことを思い出すたび、怒りと後悔が押し寄せる。疲れ切った心で「そっちに帰ってもいい?」と実家に連絡すると、母は受け入れてくれたが……。
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懐かしいシナモンのにおい……温かい実家、でも

とくに考えることもなく、実家まで車を走らせた。生まれ育った町に着く前に、胸のうちを叫んで表に出した─それこそ、のどが痛くなる寸前まで。

でも、思ったよりずっと難しかった。なぜなら、怒鳴りたい気分ではなかったから。むしろ、泣きながらどこかへ消えてしまいたかった。

大学生活の初日に時間を巻き戻すことができるなら、なんでもする。

母のアドバイスを聞いて、寮の部屋を変えていただろうに。母はステフが悪い影響を及ぼすと心配していたけど、ぶしつけな巻き毛の男子が問題になるとは。彼がすべてを奪い、さらにはそれを使ってわたしをずたずたにして吹き飛ばし、悪友たちに踏みつけにさせるなんて、あのときは思いもしなかった。

大学は実家から車で二時間の距離だというのに、この間に起こったことを思うと、ものすごく遠く感じられた。

大学に入ってからは一度も帰ってこなかった。ノアと別れていなかったら、もっと頻繁に帰省していただろう。わたしは道路を見つめたまま、彼の家を通り過ぎた。

実家の車寄せに入り、飛び出すようにして車を降りる。でも、ドアの前まで来て、ノックすべきかどうか迷った。なんだか変だけど、ノックせずに入るのもどこか落ち着かない。進学するのに家を出てから、こんなにいろいろなことが変わってしまうなんて。

とりあえず、ノックせずになかへ入ると、母は茶色の革張りのソファのそばに立っていた。メイクもばっちりして、ワンピースにハイヒールという姿。家の中はどこもかしこも清潔できちんと片づいていて、何もかも変わりなく見えた。

唯一の違いは、どこか狭くなったように見えたこと。最近、ケンの屋敷で過ごしていたためだろうか。

外見からすると、実家はこぢんまりとして冴えないけど、なかのインテリアはこぎれいだった。壁をしゃれた感じに塗ったり花を飾ったり、ちりひとつ落ちていないよう気を配っていた。

ぐちゃぐちゃな結婚生活を覆い隠すための策は、父が出ていったあとも続いたけど、その頃には母にとっても習慣になっていたのだろう。

家は暖かく、懐かしいシナモンのにおいに鼻をくすぐられた。母は昔からアロマキャンドルが大好きで、どの部屋にもひとつは置いてある。わたしは戸口で靴を脱いだ。ぴかぴかに磨かれた堅材製の床に雪を落としたら、母がいやがるからだ。

「コーヒーでも飲む、テレーサ?」母は娘をハグする前にそう言った。

わたしのコーヒー依存症は母譲りだ。ふとした共通点に笑みがこぼれる。「ええ、お願い」

 

「愛がすべてではないのよ」母は言った

母についてキッチンへ行き、小さなテーブルに座った。なんと言って話を始めればいいのかわからない。

「で、何があったか話してくれるの?」母は遠慮なしにきいてきた。

わたしは深く息を吸い、コーヒーをひと口飲んでから答えた。「ハーディンと別れたの」

母は淡々とした表情だ。「どうして?」

「あの、彼はわたしが思ったような人じゃなかったの」胸の痛みから気を紛らわして母の反応に備えるため、やけどするほど熱いコーヒーカップを両手で握りしめた。

「彼がどんな人間だと思っていたの?」

「わたしを愛してくれる人」それ以外に、ハーディンという人間をどう思っていたのか、自分でもよくわからない。

「いまは、そう思っていないということ?」

「そうではないとわかったの」

「なぜ、そこまで言い切れるの?」母は冷静に質問してきた。

「彼を信用していたのに、裏切られたから。とんでもなくひどい仕打ちを受けて」

端折りすぎた返事だとはわかってるけど、やはり、母の厳しい目からハーディンを守りたかった。こんなふうに気遣うなんて、ばかね。立場が逆だったら、彼は絶対にそんなことしてくれないのに。

「いっしょに住むと決める前に、こういう可能性を考えるべきだったと思わない?」

「ええ、わかってる。どうぞ、遠慮しないで。わたしがいかにばかだったか、お母さんは前からそう思ってたって説教すればいいわ」

「そうよ、彼のような男についてちゃんと警告してたわ。彼や、あなたのお父さんのような男には近づかないのがいちばんいいのよ。でも、深みにはまる前に終わってくれてよかった。人間は間違いを犯すものよ、テッサ」

母はコーヒーをひと口すすり、マグカップにピンクの口紅の跡を残した。

「きっと、彼もあなたを許してくれるわ」

「彼って誰?」

「ノアよ、きまってるじゃないの」

どうして、お母さんはわかってくれないの? 母にはわたしの話を聞いて、慰めてほしかっただけ。ノアとよりを戻すよう無理強いされるために帰ってきたんじゃないのに。

わたしは立ち上がり、母を、そして部屋じゅうを見回した。お母さんは本気なの? まさか、そんなはずない。

「ハーディンとうまくいかなかったからといって、ノアとまたデートするなんてことにはならないのよ!」

「どうして?テッサ、彼がやり直す機会を与えようとしているのを感謝すべきだわ」

「はあ? なんでわからないの? いまはとにかく、誰ともつき合いたくないの。とくにノアとは」髪をかきむしりたい。母の髪でもいい。

「どういうことなの、『とくにノアとは』だなんて? よくもそんなことが言えるわね。こどものころからずっと、彼はあなたによくしてくれたのに」

わたしはため息とともに腰を下ろした。「わかってる、わたしだってノアのことは大事に思ってるわ。でも、そういう意味では考えられないの」

「自分が何を言ってるか、あなたはそれさえわかってない」母は立ち上がり、カップに残っていたコーヒーをシンクに捨てた。

「必ずしも愛がすべてではないのよ、テレーサ。守られているという安心と、金銭的に安定した生活。それが大事なの」

「わたしはまだ十八歳よ」安定した生活のためだけに、愛してもいない誰かとともに生きていくなんて考えたくない。ちゃんと自分でお金を稼いで、安心できる生活を築きたい。自分が愛せる誰かを見つけて、その人に愛されたい。

「もうすぐ十九歳だわ。いま気をつけないと、誰にも求められなくなるわよ。さあ、メイクを直してきて。ノアが来るから」母はそう言ってキッチンを出ていった。

慰めてもらおうとここへ来るなんて、わたしがばかだった。これなら、一日じゅう車のなかで寝ていたほうがまだましだったわ。

 

この人を愛せたらよかったのに……

母が言ったとおり、ノアは五分後にやってきたけど、わたしはわざわざ格好を気にしたりしなかった。狭いキッチンに彼が入ってくるのを見ていると、さらに気持ちが滅入る。もう、これ以上ないぐらい落ちこんでいたというのに。

ノアは、いつもの完璧な笑顔を見せた。「やあ」

「どうも」

彼がこちらに歩いてきたので、わたしは立ってハグをした。ふんわり温かくて、トレーナーもいいにおいがする。わたしが覚えているままのノアだ。「お母さんが電話してきたんだ」

「わかってる」わたしはほほ笑もうとした。「ごめんね、いつもあなたを巻きこんでしまって。お母さんがいったい何をしたいのか、ぜんぜんわからない」

「ぼくにはわかるよ。お母さんは、きみに幸せになってほしいんだ」

「ノア……」

「何がきみを本当に幸せにするのか、お母さんはわからないだけさ。それがぼくであってほしいと思ってる。ほんとは違うのにね」ノアはちょっと肩をすくめた。

「ごめんなさい」

「テス、謝るのはやめろよ。きみがだいじょうぶかどうか確かめたくて来たんだから」と、ノアはふたたびわたしをハグする。

「だいじょうぶじゃないわ」

「だろうね。ぼくに話してみる?」

「どうしよう……あなたはだいじょうぶ?」ノアと別れてまでつき合った男子の話をして、また彼を傷つけるのは耐えられない。

「ああ、心配ない」ノアはコップに水を注いでから、テーブルを挟んで向かいに腰を下ろした。

「そう、わかった……」概ねすべてを話したけれど、セックスに関する部分はわたしだけが知っていればいいことなので、省いた。

実際には、わたし以外にも知っている人たちがいた。でも、ほんとは個人的なことのはずだ。

いまでも信じられない。ハーディンは、わたしとしたことをすべて、あの連中に話していたなんて……最悪なのはそこだ。愛してるとわたしに言ってセックスしておきながら、ふたりのあいだで起こったことを友人たちの前でおもしろおかしく披露していた。シーツを見られたのより、もっと悪い。

「やつがきみを傷つけるだろうってわかってたよ。でも、ここまでとは」

ノアがひどく怒っている。いつもの穏やかで落ち着いた表情を思うと、これほど感情をあらわにしている彼を見るのは変な感じがした。

「きみはやつにはもったいないよ、テッサ。やつはクズだ」

「自分があれほど愚かだったなんて─彼のためにすべてを犠牲にしたのに。でも、自分を愛してくれない誰かを愛するのって、この世で最悪だわ」

ノアはコップを握る手に力を込めた。「わかるよ」

よりによって、彼にそんなことを言うなんて。わたしは自分を殴りたくなった。口を開けたものの、こちらが謝る前にさえぎられた。

「いいんだ」ノアは手を伸ばし、わたしの手を親指でさすった。

どうしよう、この人を愛せたらよかったのに。そのほうがずっと幸せでいられた。ハーディンがわたしにしたようなことなんて、ノアは絶対にしなかっただろうに。

 

彼は眠れているのだろうか

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ノアは、わたしが大学に入ってからのこと─といっても、あまり多くないけど─をすべて話してくれた。WCUではなく、サンフランシスコの大学に行くという。わたしは彼を傷つけたけど、すくなくともひとつはいいことがあったみたい─彼にワシントン州を出る決心をさせた。

ノアはカリフォルニアについて調べたことをあれこれ話してくれて、日もくれるころに帰っていった。その間ずっと、母は自分の部屋にこもっていた。

わたしは裏庭に出て、子供のころによく過ごした温室に歩いていった。小さな温室のガラスに自分の姿が映る。それを透かしてなかを見ると、植物はすべて枯れ、とにかくひどい状態だ。いかにも、いまのわたしにふさわしい。

やらなくてはいけないこと、考えるべきことがたくさんあった。住むところを見つけて、ハーディンのアパートメントから自分の物を運び出す必要がある。いっそ、すべて置いたままにしようかとも思ったけど、やっぱりできない。服はあそこにあるだけだし、何より教科書が要る。

ポケットからスマホを取り出して電源を入れると、たちまち受信箱はいっぱいになり、ボイスメールのサインが表示された。そっちは無視して、ショートメールの送信者欄だけをざっと見る。一通をのぞいてすべて、ハーディンからのものだった。

キンバリーからのメールには、こう書いてあった。

クリスチャンが、明日は家で待機しているようにとのことです。一階フロアを塗り直す必要があるので、全社員が正午には退社することになっているから、とにかく家にいて。何かあったら知らせてね。

明日、出社しなくてよくなったのはすごくありがたい。このインターンシップの仕事は好きだけど、WCUからどこかへ転学したほうがいいんじゃないか、もしかしたらワシントン州を出たほうがいいのかもって思い始めていた。

キャンパスはそれほど広くないから、ハーディンやその仲間たちを避けることは無理。それに、ハーディンとのあいだにあった─あったと思っていた─ことを、いつも思い出させられるのもいやだ。

家のなかに戻るころには、寒さで手も顔も感覚がなくなっていた。母は、椅子に座って雑誌を読んでいた。

「今夜は、泊まってもいい?」

母はちらっとこちらを見た。「ええ。明日は、どうしたら寮にまた入れるか考えましょう」そして、また視線を雑誌に戻す。

これ以上、母と話すことはないと思い、二階へ上がる。部屋は、大学へ入るために出ていったときのままで、母は何も動かしたり変えたりしていなかった。寝る前にメイクを落とすのさえ面倒で、そのまま横になる。

もっとましな生活をしていたとき、ハーディンに出会う前のころの夢を見ようと、わたしはなんとか眠ろうとした。

夜中にスマホが鳴って、目が覚めた。一瞬、ハーディンは眠れているのだろうかと思ったけど、わたしは電話には出ずに無視した。

 

次回、苦い気持ちを押し込め、ハーディンと暮らしたアパートメントに戻ったテッサ。そこで彼女が見たものは、なんと……!

 

 

【参考】

アナ・トッド(2016)『AFTER season2 壊れる絆 1』(小学館文庫)

 

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