【連載11:AFTERⅡ】一人の部屋で…夢の中だけでも彼に会いたい

テッサが離れていってしまったことで大きな喪失感を感じるハーディン。家族との確執や過去のつらい思い出……すべて包み込み、癒してくれたテッサを失ったことは彼にとって、肉体を傷付けるよりもつらい痛みだった。一方テッサは環境を変え、仕事に打ち込もうとしている……。『AFTER sersonⅡ 壊れる絆』 連載第11回。
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せめて夢の中だけでも

「テッサ、かわいこちゃん、起きろ」ハーディンがささやきながら、唇で耳元に触れてくる。「寝ぼけた顔がサイコーにかわいいよ」

わたしはにっこりほほ笑み、彼の髪をつかんで目を合わせる。鼻と鼻を擦り合わせると、彼はくすくす笑った。

「愛してるよ」と言って、唇をわたしの唇に押し当ててくれる。

なのに、彼の唇が感じられない。「ハーディン? ハーディン?」

彼の姿が消えていった─

はっと目を開けると、現実が戻ってきた。

見慣れない部屋は真っ暗。一瞬、自分がどこにいるのかも忘れていたけれど、ようやく思い出した。モーテルの部屋に、わたしはひとりきり。

サイドテーブルのうえからスマホをつかんでチェックすると、まだ明け方の四時。目尻に浮かぶ涙を拭いて、眠りに戻る。夢のなかだけでも、ハーディンに会いたい。

 

少しはましになったかな……また朝がくる

ようやく目がさめると、七時だった。

熱いお湯を浴びてリラックスしようと、シャワーに入る。髪をドライヤーで乾かして、メイクをする。やっと、自分の見た目もましになってきたような気がする。この……心のなかにあるごたごたとおさらばしなくては。

ほかにどうしたらいいのかわからず、母が愛読する雑誌から一枚ちぎって参考にしながら、胸のなかにあるものを隠すために完璧な顔を描く。

終えてみると、じゅうぶんに休息も取れたようで、すごくいけてる顔になった。髪をカールして、バッグから白のワンピースを引っ張り出したものの、思わず身がすくんだ。この部屋にはアイロンがあってよかった。

きょうは寒い。膝丈ぎりぎりのこのワンピースを着るには寒すぎるかもしれないけれど、外には長居しない。シンプルな黒のぺたんこ靴を選び、ワンピースといっしょにベッドのところに置いておく。

着替える前に、荷物の整理をした。きょうこそ、お母さんが寮のことでいい知らせをくれるといいんだけど。でなかったら、それまでここにいるしかない。ということは、雀の涙みたいなお金がどんどん消えていく。

もしかしたら、自分でアパートメントを借りることを考えたほうがいいのかも。ヴァンス社にも近く、こぢんまりしたところならひとりでもだいじょうぶかもしれない。

ドアを開けると、雪は朝日を受けてほとんど溶けていた。ああ、よかった。車のドアをアンロックすると、ちょうどトレヴァーがふた部屋おいた彼の部屋から出てきた。黒のスーツに緑のネクタイ。すごく様になってる。

「おはよう! それ、運ぶの手伝ってあげたのに」彼は、わたしがバッグをいろいろ抱えているのを見て言った。

ゆうべはピザを食べてから、小さなテレビの画面を見ながら大学の話をした。トレヴァーはもう卒業しているので、わたしなんかよりずっといろんなエピソードがあった。わたしの大学生活もこんなふうになっていたかも─なるはずだった─という話を聞くのは楽しかった。と同時に、すこしさみしくもあった。

ハーディンみたいな人たちといっしょにパーティーなんて行くんじゃなかった。人数は多くなくても、ほんとうの友達が見つかるような環境にいればよかったのに。そのほうがずっとよかったし、いまとは大違いだったはずだ。

「ゆうべはよく眠れた?」トレヴァーはポケットからキーチェーンを取り出した。一回クリックすると、BMWのエンジンがかかる。そうよね、このBMWは彼のものだ。

「あなたの車は勝手にスタートするの?」

わたしが声をあげて笑うと、彼はキーを掲げてみせた。「まあ、これがスタートさせてくれるんだよ」

「いいわね」わたしはちょっと嫌味っぽく笑った。

「便利だ、って言ってくれ」

「高級車種?」

「すこしは」トレヴァーは笑った。「でも、やっぱりすごく便利だよ。ところで、きょうもすてきだね、いつものことだけど」

わたしはバッグを車の後部座席に入れた。「ありがとう。外はすっごく寒いわね」と声をかけて、運転席に乗りこむ。

「じゃあ、仕事場で」トレヴァーもBMWに乗りこんだ。

太陽が出ているにもかかわらず、やっぱり寒い。急いでキーを挿しこんで、ヒーターをつける。

カチ……カチ……カチ……そんな反応しか返ってこない。

顔をしかめながらもう一度やってみても、同じだった。

「もう、いいかげんにしてよ!」そう声に出して、ハンドルを両手でばんとたたく。

三度目でも、やっぱり何も起こらない。それどころか、カチっという音さえしなかった。あたりを見回すと、ありがたいことにトレヴァーがまだいた。彼の車のウィンドウが下りる。わたしは自分の不運に笑い出してしまった。

「あの、乗せていってもらえる?」

「もちろん。きみの行き先も知ってると思うよ……」とトレヴァーも笑ったので、わたしは車から下りた。

 

「時が経てば、つらさも薄れるわ」……本当に?

ヴァンス社へ向かうあいだ、我慢できずにスマホをオンにしたけれど、驚いたことに、ハーディンから新しくきたショートメールは一通もなかった。メッセージはいくつかあったものの、彼なのか、母からのものなのかわからない。

何を言われるかわからないので聞くのはやめにして、母にメールで寮のことを聞いてみた。トレヴァーが会社の入り口で降ろしてくれたので、寒いなかを歩かずにすんだ。ほんとうに思いやりのある人だ。

「すがすがしい顔に見えるわね」キンバリーは笑顔で声をかけてきた。

「まあ、すこしはましな感じ」わたしは歩いていってドーナツを取り、コーヒーをカップに注いだ。

「明日の準備はできた? ここを出て週末を過ごすのが待ちきれないわ─シアトルはショッピングには最高の街よ。ミスター・ヴァンスとトレヴァーが打ち合わせをしているあいだ、わたしたちは楽しみましょう。あの……ハーディンと話した?」

一瞬迷ったものの、キンバリーには話すことにした。いずれ、わかることだ。

「いいえ、実は昨日、自分の荷物をアパートメントから運び出したの」

そう言うと、彼女は眉根を寄せた。「それは残念ね。でも、時が経てば、つらさも薄れるわ」

ほんと、キンバリーの言うとおりであることを祈るわ。

 

次回、仕事に打ち込むことで悲しみを忘れようとするテッサ。しかし再びハーディンがそれを阻む……。

 

 

【参考】

アナ・トッド(2016)『AFTER season2 壊れる絆 1』(小学館文庫)

 

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