【連載35:AFTERⅡ】彼ママとご対面!彼とはもう終わったのに…

テッサは恋人ハーディンの裏切りを許せず、2人で暮らすアパートを飛び出した。彼とロンドンで過ごすつもりだったクリスマス。一人で過ごすため、モーテルを出て彼がいないはずのアパートに戻る。ところがそこに現れたのは、ロンドンに行ったはずのハーディンと、彼のお母さんだった……!? 連載第35回。
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戸惑うけど……ぶち壊したくない

早くも四回目のハグをされていると、ハーディンがようやく切り出した。「母さん、いい加減にしろよ。彼女はちょっとシャイなタイプなんだから」

「そうね、ごめんなさい、テッサ。やっと会えてうれしかったの。あなたのことはハーディンからいろいろ聞いていたのよ」と興奮気味に言いつつ、彼女は大きくうなずいてすこし下がった。

わたしは思わずほほが赤くなる。わたしの存在をハーディンが母親に話していたことに驚いてしまう。いつものように、秘密にされているものだと思っていた。

「だいじょうぶですよ」わたしはびくびくしながら答えた。

ミセス・ダニエルズはぱっと笑みを浮かべながら息子を見た。

「母さん、キッチンで水とか飲んできたらどう?」そう言われて彼女が行ってしまうと、ハーディンがそっと寄ってきた。

「あの……寝室で、すこ、すこしだけ話せないか?」

珍しく言葉に詰まっている。

わたしはうなずき、キッチンをちらと見てから彼について寝室へ行った。ちょっと前までふたりで使っていた寝室だ。

「いったいどういうこと?」ドアを閉めるなり、小声で言う。

ハーディンはびくっとしつつベッドに腰を下ろした。

「わかってる……ごめん。母さんには何があったのか話せなかった。というか、おれがしたことをどうしても話せなかった。きみは……あの、ここに泊まるつもりで来たのか?」

期待するような声に、こちらがせつなくなる。

「いいえ……」

「そうか」

わたしはため息とともに髪をかきあげた。ハーディンのくせが移ってしまったみたい。

「で、どうすればいいの?」

「そうだな……」

ハーディンは深いため息をついた。

「調子を合わせてくれるとは思ってない……ちょっと時間をくれたら、母さんに話してくる」

「あなたがここにいるなんて思わなかったのよ、ロンドンに行くって言ってたから」

「気が変わったんだ、きみがいないのに……」

彼の声が小さくなる。ひどくつらそうなまなざしだ。

「別れたことをお母さんに言わなかったのには理由があるの?」

ほんとうに答えが聞きたいのかどうか、自分でもわからない。

「おれに好きな女の子ができたことが、母さんにはすごくうれしいみたいで……それをぶち壊したくなかった」

ハーディンにまともな恋愛関係を築けるとは思っていなかった、とケンが言っていたのを思い出す。たしかにそのとおりだけど、せっかく息子に会いに来たお母さんの夢を打ち砕くのもいや。

「わかった。お母さんに話すのは、あなたの心の準備ができてからでいいわ。とにかく、賭けのことだけは言わないで」

いまの台詞は、決してハーディンのために言ったんじゃない。わたしは目を伏せた。最初で最後の恋人との関係を息子が自分から台無しにしたという詳細を知ったら、お母さんはすごく悲しむだろう。

「ほんとに? おれたちがまだつき合ってるって、母さんに思わせておいてもいいのか?」

ハーディンは必要以上に驚いているように聞こえた。わたしがうなずくと、彼は深いため息をもらした。

「ありがとう。母さんの前できみにこき下ろされるものだと覚悟してた」

「そんなことしない」

その言葉に偽りはない。ハーディンに対して、いままでいろいろな怒りを感じてきたけど、彼とお母さんとの関係を損なうようなことをするつもりはない。

「洗濯を終えたら、出ていく。あなたはここにいないと思っていたから、あのモーテルの代わりに泊まってもいいかと思ったの」

わたしはそわそわと肩をすくめた。寝室にふたりきり、という時間がすこし長すぎる。

「ほかに行くところはないのか?」

「母のところへ行ってもいいけど、それはいやなの。モーテルは悪くないわ、ただ高いだけ」

ハーディンとこんなまっとうな会話をしたのは先週以来、初めてだ。

「ここに泊まるのはいやだよな。おれがモーテル代を出そうか?」

わたしがどう反応するのか、ハーディンがびくびくしてるのがわかる。

「あなたのお金なんていらない」

「わかってる。言ってみただけだ」彼は床に視線を落とした。

「そろそろ戻ったほうがいいわ」わたしはため息とともにドアを開けた。

「おれはすこしあとで行く」ハーディンは小さくつぶやいた。

ひとりで彼のお母さんと顔を合わせるのは気が進まないけど、狭いこの寝室にハーディンとふたりきりでいるわけにもいかない。わたしは深呼吸してから部屋を出た。

 

「トリッシュと呼んで」優しくてすてきなお母さん

キッチンに入ると、シンクに寄りかかっていたハーディンのお母さんがこちらを見た。

「ハーディンは、わたしに怒ってるんじゃないわよね? あなたにうるさく迫るつもりはなかったのだけど」

声がとても優しくてすてき。息子とは大違いだ。

「いいえ、もちろん、そんなことありません。彼は……今週の予定についてちょっと確認していただけで」

うそだ。わたしはすぐ顔に出るから、何があってもうそをつくのは避けてきたのに。

「そう、よかった。あの子の気難しいところはわたしもよく知ってる」

ハーディンのお母さんが優しく温かな笑みを浮かべるので、こちらもつい、にっこりしてしまう。

心を落ち着けようと、わたしもコップに水を汲んだ。ひと口飲んでいると、彼女がまた話し始めた。

「ほんとうに美人ね、まだ、信じられないくらいよ。ハーディンはいままで出会ったなかでいちばんの美人だと言っていたけど、大袈裟なことを言うと思っていたの」

わたしは思わず、飲もうとしていた水でむせてしまった。美人にはあるまじき振る舞いだ。ハーディンがなんて言ったって? お母さんにはっきり聞いてみたかったけど、恥ずかしいリアクションをごまかそうと、もうひと口水を飲んだ。

ハーディンのお母さんは声をあげて笑った。

「正直言って、タトゥーをたくさんいれたり、髪が緑色だったりする子かと思っていたわ」

「いえ、タトゥーはわたしの趣味じゃありません。緑色の髪もごめんです」

こちらも笑ってみると、肩から力がすこし抜けていった。

「あなたも、ハーディンみたいに文学専攻なのよね?」

「はい、ミセス・ダニエルズ」

「ミセス・ダニエルズですって? とんでもない、トリッシュと呼んでちょうだい」

「実はヴァンス・パブリッシング社でインターンをやっているので、授業の時間割はちょっと変わってるんです。それに、いまは冬休みですから」

「ヴァンス? クリスチャン・ヴァンスの?」と彼女が言うので、うなずいた。

「まあ、彼には……すくなくとも十年は会っていないわ」と、こちらが手にしているグラスの水を見下ろす。

「ハーディンとわたしは、彼と一年ほどいっしょに暮らしていたことがあるのよ、ケンが……いえ、なんでもないわ。べらべらしゃべると、ハーディンにいやがられるから」彼女は遠慮するようにほほ笑んだ。

三人が同居していたなんて知らなかったけど、ハーディンはミスター・ヴァンスとはとても親しい仲だ。父親の友人というだけでは説明できないくらい親しい。

「ケンのことは知っています」

トリッシュが当惑しているのを和らげようと言ったけど、すぐに後悔した。何があったか知っている、と取られたらどうしよう。かえって彼女を動揺させてしまったのではないだろうか。

だから、トリッシュがふつうに答えてくれたときにはほっとして、曖昧な言い方をした。「ええ、ハーディンが話してくれて……」

でも彼がキッチンにやってきたので、わたしは途中でやめた。むしろ、邪魔が入ってくれてよかった。

ハーディンが片方の眉をくいとつり上げる。

「おれがきみに何を話した、って?」

 

次回、トリッシュはやさしく穏やかで、とても魅力的な女性だった。戸惑いながらもこの状況を受け入れたテッサは……。

  

【参考】

アナ・トッド(2016)『AFTER season2 壊れる絆 1』(小学館文庫)

 

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